一生 死ぬまで学ぶ 学ぶことを辞めたらそれは死を表す
諏訪地域、松本地域、伊那地域の工務店の池原です
今更ながら いえいえ 学ぶ事をやめてしまったら、前に進むことを
止めてしまったら 人間 終わり 死 ですよ
「一生勉強」 福澤諭吉
今年は 設計に関して学びの年。 今まで沢山の建築物に触れてみてきた
建築の設計って面白い、上手い 下手という表現は合ってはいないと思う。
設計者が どのくらい その設計した建物について語れるか だと思う。
しかし 焦点がずれた考え方をしていると これが 下手な設計というわけだ。

わかりやすく言えば 太陽は南というのに 南に窓がない
とか こういうことだ。
当たり前 という次元が経験値で変わってくる、
だから みる当たり前の視線を変えるために学ぶ、そんな中でも
やはり 目を奪われる設計はたくさんある。 その設計をした人の声を
聞くことが重要だ。
気づきっていうのも そこから生まれる。

より細かいことに気がつき それを生かした設計が 上手い設計って
言われる由来だと思う。
数多くある ハウスメーカー、工務店の家は 工業製品化になっていないか。
全く同じ家が 違う場所に複数建っている。
すでに 工業製品としか言いようがない。 とても残念だ。
いい家を見たあと、周囲の家を見るととても 残念な気持ちになる

そんな家に 多額の住宅ローンを組み 一生払い続けるのか??
馬鹿げたものではないか
そうさせているのは 我々、建築業側だ。
建ってもらえば良い、売ってしまえば良い、
以前、私も 家は 雨風が凌げればいいだけ って言ったことがある
決して高額な家を建てる必要がない って。ことを。
これは違う、
例え 1円で合っても 支払う対価として見合う 必要がある。
雨風が凌げればいい というのは 賃貸案件だけのことだと思う、
今日も 東京まで設計の学ぶ、 いい家を見せてもらった。


